Jack Quik Photos のフォトグラファーJack Quik へのお見舞いや励ましをありがとうございます。
Jackは、夏風邪をこじらせたぐらいにしか思っていなかったのですが、この夏の間に咳がひどくなり、9月下旬に、シンガポールに帰国し、そのまま、病院に入院しました。
最初は、結核の疑いで隔離、陰性で一般病棟。肺炎との診断。
なかなか抗生物質が効かず、その副作用や、検査のために体はどんどん弱っていきました。
私が10月に彼のママと彼のお見舞いにいった時、やっときく抗生物質にあって、少しは良くなっていきましたが、熱は痛み止めで沈めているだけでした。
左の肺をなんとか救い、右はほとんど使えなかったようです。
咳も少なくなりあと熱さえさがれば、家に帰れるはずでしたが、その熱がどこからくるのか、全身を調べてもわからず、何度も色々な検査、血圧が低くて、胃に穴が空いているのか、大腸が悪いのかとそちらも検査。
そのため、ますます食べれなくなったようです。
抗生物質をかえ、ママのことで、家族が医師によばれ、車椅子を借りて、ママの所にいったり。
家族の話し合いや咳でで、声がかれ、より、弱っていったようです。
抗生物質の副作用で、全身に発疹ができて、それを中止したり、熱が抗生物質からかとされを中止したり。治療は混迷していました。
とにかく医療チームがかわっても、熱の理由がわからず退院できなくて1ヶ月半、その間に、どんどん体が弱っていきました。
セカンドオピニオンを求めて、他の病院に考えたようですが、医師とのコミュニケーションの結果家族会議でやめたようです。
この病院で死にたくないといっていたのに。
11月7日、8日、電話をしたいても途中できれたり、声がしゃがれていて何をいっているのかわからず、とても弱っていて、あるけない、めまいがするとジャックが言っていたので、、いたたまれず、また、ママは、長くないといわれたのもあって、お見舞いにいくことを決めました。
11月11日朝成田空港から電話をすると、ジャックは、とても深刻だと、医者も誰もこないというので、妹に電話、医師には連絡済みとのこと。空港に迎えがきてなくて、嫌な予感。ジャックの妹に電話をし、Jackがよくないので、1人で病院まできてとのこと。
タクシーでいきました。受付が混んでいます。妹が迎えにきてくれました。
私がいったら、眠りにつく所でした。そして、家族は帰り、私は残りました。
この夜、酸素吸引器をつけていても、呼吸困難に。
医師が次々きて、ジャックは、のどにチューブをいれて、酸素を直接いれることを生きるために受け入れました。
それで、ICUに。
のどに穴を入れずにはすみました。
眠らされています。夜があけ、コンタルタントの医師がつあたチームがきて、彼の状態が良くないこと、いつ何をおこるかわからないことを説明しました。それで、退院してから連絡を取るはずだったシンガポール在住かた達に連絡をとりました。
また、日曜日午後1時家族や大切な人たちが集められ、彼の状態がとても悪化していて命が長くないことを知らされました。
朝にいつ眼が覚めるのか聞きましたが、よい質問だと返されました。
次の日午後、シンガポールワールドベリーダンスフェスティバルの主催者のJamillaさんとフォトグラファーのお二人がプレゼントしてくださった花をジャックにみせたら、まぶたを動かし、目をはんぶんあけ、花と私をみて、また目を閉じました。
その日は時々目を半分開け、家族は大興奮、彼も興奮して、疲れさせてしまい、また、薬で眠ることに。
それ以降、ジャックは、無意識で手足をうごかすことがありました。
医師は、彼が起きたら、チューブをとりたいと。
段々薬がへらされ、めざめてきていましたが、苦しそうでした。
その後色々事件がありました。眠れない日もありました。それでもずっと奇跡を願っていました。そして今でも。
頭に何かあったことがあり、MRIでチェックして、脳死状態だといわれました。
しかも、呼吸や心臓を司っている部分が死んでいるとのこと。
それでも、機械によってでも、ジャックは呼吸し、血圧があり、心臓は動いている。
それもどんどん下がっていきました。
そして、11月19日土曜日12:50. Jack は家族や親戚や友人に見送られ、他界しました。
ずっと元気になると信じていて、こんなことになるなんて、悪い冗談しかない、信じられないと、彼のフィナーレの2日目にして、彼の遺体をみても思います。バッドラックが次から次へと彼にきてしまったようです。これをしのげば、グッドラックが来るはずでしたが。
今まで、Jackを支えて、応援してくださった皆様、色々ありがとうございます。
シンガポールでのお通夜からダビまでは5日間続き、私はしばらくこちらに残ります。
店は11月24日までスタジオレギュラークラス、WSのみです。店舗はお休みしています。
Jack,お疲れ様でした。最期は、悪運が続き壮絶な闘病生活でしたね。
あなたは最後まで、こんなに病院での治療が辛いならやめたいと言いながら、勇敢に戦っていました。強い人です。
あなたのプロとしてパーフェクトをいつも目指している意識の高さに敬意を払い、色々あっても一緒に作り上げたものを誇りに思います。
あなたのユーモアやセンスが好きでした。また、高い美意識も素晴らしかったです。
素晴らしい写真やビデオもありがとうございます。とくにブンロンと私との写真は、わたしの宝物です。
お互い色々ありましたが、ごめんなさい、そしてありがとう!10月に話し合ったことが実現できず残念です。
きっとやり残した仕事が気になるでしょうが、ゆっくり休んでください。
あなたが撮影した遺影は、あなたが私達をフォーカスし、写真を撮影しているようです。
そして、私達が何を話しているかを聞いている、
そして、棺桶からチャーンと出てきて、わっ!といってどう、驚いたでしょう!とふざけた笑顔をみせる気がします。
チャイニーズのいいつたえ、
トンボや蝶々は、その人の魂がやどり、そこにいるとのこと。
今朝10:10くらいから、ずっといままで(15:30)まで、まだトンボはいます。
こういうのは、ちょっと信じたくなります。
応援していただいている皆様、今までありがとうございます。
これ以降の仕事は今までのようにはうけれなくなります。すみません。
Jack お疲れ様です!ゆっくり休んでください。
トンボは20日午前10時ごろから約6時間いました。
マコちゃんからのプレゼントのキャンディもお供えしました。